悲劇ハ出生ノ日ヨリ-他

生みの親と育ての親、様々な事情により異なる場合がある。赤ちゃん取り違えもその一つ。「生みの恩より育ての恩」という。一般的にはそうなのかもしれない。ただ、生みの親が分からないまま、果たしてそう思えるのかどうか。年を取るほど会いたい気持ちが増す。人情だと思う。

では、先週の折々雑感です。

■実家の最寄りの駅でも、毎年数組のツバメがやって来て、巣作りと子育てをしています。毎年なんだかとても癒されます。

今朝、家を出たら、一羽のツバメが文字どおり「燕返し」のように飛んでいた。ツバメは夏鳥。春にやって来て、秋に南へ去って行く。広辞苑に「燕去り月」という言葉がある。古人は、ツバメを通して季節の移り変わりを感じていたのかもしれない。毎年のことだが、可愛いひなを見られるのも楽しみである。
(2018.4.19 Twitter@kokorogより)

■「実の両親に会って、私が何者なのか知りたい」。取り違えられた男性は、毎日新聞の取材に応じ、こう語ったそうです。切なくなる言葉です。

年齢ハ出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス。4月1日と4月2日、学年を分けるのはこの法律による。法律上4月1日生まれの人が一つ年を取るのは、3月31日午後12時だからなのだ。まあ、一日の違いが悲劇を生むことはないが、50年前に起きた順天堂医院での新生児取り違え事件、悲劇は出生の日より始まった。
(2018.4.21 Twitter@kokorogより)

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(2018年4月22日掲載)
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