私の心に残る言葉(4)

“自己開示をしようとしないことは、自分とつき合っていないこと、相手と理解し合うつもりがないこと”(平木典子「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」)
コメント - 昔の私は、本当に外見にばかりこだわり、中身のない人間だったと思います。それが、うつ病をきっかけに、ありのままの飾らない自分を受け入れ、見せられるようになり、人付き合いに対する苦手意識も徐々に薄らいでいきました。

“むりをしないでなまけない わたしは弱い人間だから”(相田みつを)
コメント - うつの渦中での、私なりに精一杯生きるための「指針」でした。

“今日一日の枠の中で生きよう”(デール・カーネギー「道は開ける」)
コメント - 過去と未来を鉄の壁で閉ざせ、と著者は言います。この言葉と出会ってから今日まで、この言葉が一つの私の生きる指針になっています。

“わかってたまるか 人に踏まれてばかりいる雑草のくるしみが”(相田みつを)
コメント - うつの苦しみ、どんなに説明したところで身内でも理解しがたい、というか、そもそも説明する気力などないのです。そんな時に出会った言葉です。

“人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です”(太宰治「ヴィヨンの妻」)
コメント - 心配というものは尽きるものではありませんから、そういう意味でこの一節は当を得ていると思います。

“自分の力で自分をいたわる”(デビッド・D.バーンズ「いやな気分よ、さようなら」)
コメント - 自分を本当に労わることができるのは、ほかでもない自分自身だけなのかもしれません。

(2020年4月29日掲載)
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この記事へのコメント
1. Posted by 青ちゃん   2020年04月29日 20:28
どすこいさん

太宰治の「晩年」の中の
この一説が好きです。

生活。

よい仕事をしたあとで
一杯のお茶をすする
お茶のあぶくに
きれいな私の顔が
いくつもいくつも
うつっているのさ

どうにか、なる

初めて読んだのは高校生の時ですが、
今でもふとした瞬間、思い出します。

何度もダメだと思いながら
振り返れば、どうにかなったから
今があるんだなあと…

これからもきっと
こんな風に繰り返していくのでしょう。
2. Posted by 運営者どすこい   2020年04月30日 06:23
青ちゃん

そういう一節が「晩年」にあったのですね。
「どうにか、なる」は確信にはほど遠い心境なのかもしれませんが、そう思い続けながら歩を進めていくしかないのでしょうね。
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