うつ病での入院急増 働く女性
うつ病での入院急増 働く女性
【2006年2月15日付読売新聞より抜粋・引用】
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【2006年2月15日付読売新聞より抜粋・引用】
◆共働き、家庭問題に悩み
福岡県大牟田市の不知火(しらぬい)病院のストレス・ケア・センター(48床)。入院患者の80〜90%がうつ病で、関東、関西からの来院者も多い。
堂面川河口に面した2階建ての施設は、通称「海の病棟」と呼ばれる。窓の外には満潮の水面がきらめき、有明海へ潮が引くと川底が現れる。
「これまでは『人のための時間』だった。干満の繰り返しを眺め、自然なリズムで生活していると『自分の時間』とは何かが分かってきた」
緩やかなカーブを描く廊下に並んだカウンセリング室の一室で、入院中の30歳代の女性看護師が落ち着いた表情で語り始めた。
最初の発病は4年前。勤め先の医院の経営方針が自分と合わないうえ、新事業の立ち上げにかかわるなどして激務が続いていた。それでも、「戻りたくない」と思ったのは家庭の方だった。
「仕事はやめてほしい。そこまでしなくても生活できるじゃないか」
「家に閉じこもるのは嫌。働きたい」
仕事と子育ての忙しさに加え、夫との考え方の違いに悩んだ。うつ病の自覚はあったが、受診する暇も余裕もなかった。不眠が続き、「いつか切ろう」と手首を見ながら料理したこともあった。
症状が悪化し、心療内科医院に数か月間入院した。退院後に勤め先を退職したものの、働きたい気持ちは変わらず、看護師を募集していた福祉施設に就職、幹部に抜てきされた。毎夜8時ごろ帰宅。その後も施設からの電話が携帯電話に転送されるため、24時間態勢で対応した。
忙しい夫に負い目があり、家事にも手を抜かなかった。子供を塾に送り迎えしたり、学校行事や子供会に出席したり……。「何をしているのか分からなくなった」
夫を避け、会話もなくなった。ある日、手をつないでいた娘が、その手を取って夫の手とつながせようとしたことがあった。「子供は敏感に感じ取っている。これではいけない」と思ったが、修復できなかった。
ついに、笑うことさえつらくなり、ケア・センターに入院した。
「女性管理職の手本にならなければ、と気負い過ぎた」。10年前、センターに入院した経験を持つ女性(57)は振り返る。
1986年の男女雇用機会均等法施行で、女性の管理職登用が本格化。初の女性管理職として昇進を重ねた。「仕事が趣味だった」というほど、仕事にのめり込んだが、突然の降格人事。ショックを受けてうつ病になった。当時、「『女性の昇進は面白くない』といった空気を肌で感じた」と話す。
退院して復帰したが数年後に退職した。
「働く女性」のセンターへの入院は年々増え、現在は女性患者の過半数を占める。
不知火病院の徳永雄一郎院長(57)は「均等法の施行後しばらくは職場で男性との軋轢(あつれき)に苦しむ女性が多かったが、女性の社会進出が定着するにつれ、共働きで生じた家庭の問題に悩むケースが増えてきた」と分析する。
患者の多くは、仕事で疲れてエネルギーを家庭に注げず、家族や夫婦が支え合える存在ではなくなっている。こうした関係の修復が有効な治療法になるため、センターでは、「家族会」の開催のほか、患者夫婦のカウンセリングを行っている。
「健全な社会・組織とは、社会人としても、家族としても自分の役割を果たせる個々の人たちによって構成される。そのことに気付かない社会や組織は、弱体化していく」と、徳永院長は警告する。
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