淡々と生きる

本当に生きているだけで素晴らしいのか。生きているだけで素晴らしいと感じるのは、不本意な死に直面している時だけかもしれません。人間そう安く出来上がってはいませんからね。つまり、生きるというのは通常、辛いことだと思います。

激しく落ち込んだり、無気力感に襲われたり、悲観的な考えに陥ったり、辛いながらも、どうにかこうにか生きて行く。治療を始めとして、「今」できる事を淡々とこなす。これが大事だと思います。

ただ、「淡々」は、とても難しい。「黙々」とは違うからです。それは、(1)やるべき事を、(2)自分自身の手で目の前に置き、(3)取り組むこと。だから、自身の気分をご丁寧に扱っていては、できるわけがありません。気分に流されそうな時、それにどう抵抗して行くか。この難しさがあります。

まず、「やるべき事」とは何か。端的に言えば、「やると決めた事」です。何でもかんでも、やる必要はない。できない。無理です。やるか・やらないか、この決断が、「淡々」の行程中、第一の難所です。

次に、「目の前に置く」とは、やるべき事を一つ選択することです。同じように響くものがいくつもあると、一つだけを選択することが難しくなります。ここが、第二の難所です。

そこで、一枚に一つ、やるべき事をカードに書き出します。そのカードを、エイヤで重要度を付け、縦に重ねて行きます。重要度が高いカードほど上に置きます。そして、「取り組む」のは、一番上のカードに書かれている事から。一対一の勝負です。

「気分」は、それぞれの段階で絡んで来ます。気分が大きく影響するのが、「取り組む」段階です。たとえば、直前で、今日は気乗りしないからと明日に延期する。やると決めた事ですから、あとはいつやるかの問題なのです。早く着手すれば、その分苦痛が少なくて済む場合もあります。しかし、アタマでは分かっていても、これがなかなか難しい。ここが、第三の難所です。

難所ばかり。これが、「淡々」です。でも、ある意味で簡単です。闘う相手は、誰でもない、自分自身ですから。

◇雑感
これまで多くの方々とコメント欄を通じて語り合って来た。振り返ると、その膨大さに運営者である僕自身が圧倒される一方で、数々の生きる知恵という宝が眠っているなあと深く身にしみて感じる。その宝を少しずつ掘り起こして行きたい。今回がその第一弾。

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(2013年9月20日掲載)
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この記事へのコメント
1. Posted by 匿名   2013年10月18日 10:59
生きていく事に絶望感を感じます。
生まれてから両親に虐待され、家を追い出されてホームレスになり、学校にいけば親の件でいじめにあい、親戚や友達もだれも助けてくれません。
市役所に相談に行ったのですが、次に相談しに行った時には、データを無くしたと言われ、警察に何回相談しても、話を聞いてもらえず・・・
もはや何を信じて生きていけばいいのかわからなないですし、生きたいとも思いません。
死んだら楽になれると思う毎日です。
2. Posted by 運営者どすこい   2013年10月18日 12:14
はじめまして。どすこいです。
苦難の人生を歩んで来ましたね。
でも、死ぬ方法を探していてここに辿り着いたわけではありませんよね?
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